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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)7762号 判決

原告

峯山昇

何訴訟代理人

伊藤信男

外一名

被告

株式会社有紀書房

右代表者

高橋己寿衛

右訴訟代理人

阿部三郎

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一原告が昭和四三年七月ころ原告原稿を著作しその著作権を取得したこと、原告が原告原稿を著作するについて、原、被告間において同年四月二五日本件出版契約書をもつて契約が締結されたこと、本件出版契約書には、(一)原告はI著作名義の「ボーリング速成入門」(仮題)を著作する。(二)原告は被告に対し右著作物について出版権を設定する。(三)被告は原告に対し、写真、名義料共で金一六万円を支払い、原告から右著作物を買取る旨の各記載があること、原告が被告に対し同年七月原告原稿を交付したことは当事者間に争いがない。

二原告は、被告が被告図書を発行した行為が、本件契約が締結時からその効力を有しないか、本件契約の解除によつて遡及的に効力を失つたことにより、原告の原告原稿について有する著作権を侵害するものである旨主張するので、この点について検討する。

(一)  原告は、本件契約は原告から被告に対し原告原稿について出版権を設定する旨の条項、及び、被告が原告から原告原稿を買取る旨、すなわち、著作権譲渡を意味する条項という互いに矛盾し両立しえない条項を含むものであり、従つて契約の目的を確定しえないものであつて、一定の権利関係を発生せしめえない無効のものであると主張する。ところで、〈証拠〉を総合すると、原、被告間で本件契約が締結される際、被告会社名が印刷され、その他不動文字のある、被告会社用の、「出版契約書」と題する用紙が使用され、右書面には、不動文字のほかに、書名欄に「I著「ボーリング速成入門」(仮題)」、当事者の甲の欄に「M」、第三条 乙(被告を指す。以下同じ。)は甲に対し左のとおり支払う、との欄に「写真、名義料共で一六万円(税込み)を乙が原稿チェック後に五〇%、発行後一か月以内に残り五〇%。右の条件で乙が甲より原稿を買取る。」と各記入され、第一一条が設けられて、「脱稿は昭和四三年六月一〇日」と記入され、「第四条前条による支払いは発行日から六〇日以内とする。」との不動文字が抹消されていること、「出版契約書」なる不動文字、その他契約が出版権設定契約であることを示す各条項の不動文字は抹消されることなくそのまま存置されていることが認められるが、原、被告間の合意は原告が被告に出版権を設定するということにはなく、原稿の買取、すなわち本件においては原告原稿の著作権を被告に条件付で譲渡するとの合意がされたものであることが認められ、原告本人尋問の結果中、右認定に反するかのような供述部分は措信せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、本件契約により、原告から被告に対し、原告原稿の著作権を、写真、名義料(前掲証拠によれば、右名義料とは、著作名義人となるIに対し支払われるべき金員を意味することが認められる。)共に金一六万円で譲渡する旨の契約が有効に成立したものといわなければならない。従つて、本件契約は、目的を確定しえない無効のものであるとはいえない。原告の右主張は理由がない。

(二)  原告は、本件契約の譲渡条項が有効に成立したものであつたとしても、原告は被告に対し、昭和四五年四月一〇日、同月二〇日までに残金八万円を支払えと催告したが、被告がその支払をしないので、同月二三日被告到達の書面で本件契約を解除する旨意思表示をしたから、本件契約は同日解除されたと主張する。ところで、被告が原告に残額金八万円の支払いをしなかつたこと、原告から被告に対し原告主張のとおりの本件契約解除の意思表示がされたことは当事者間に争いがない。

ところが、被告は、原、被告間の相殺契約により、右残額支払義務は消滅したので、被告には履行遅滞の責任はなく、原告による右本件契約解除の意思表示は効力を生じないと主張する。〈証拠〉を総合すると、本件契約は、原告においてIから著作名義の借用の承諾を得ることを内容とするものであるところ、その趣旨に従つて、原告はIの承諾を得、そのうえで原告原稿の初校の刷り及び再校の刷りについて同人に目を通してもらい、修正すべき点の指示等を受けて校正を済ませ、原告から被告に対し下版してもよいという意思表示がされ、被告が印刷所に印刷を依頼して刷りに取りかかつた後、抜き刷了紙をIに見せたところ、同人から更に修正の申入れがあり、そのため被告は一部刷り直しをせざるをえないこととなり、当初その費用は金三〇万円ないし金五〇万円と見込まれたが、(後に金三〇万七二三七円、更に後に金三〇万八三三九円であることが判明した。)、原、被告間でその損害の責任の帰属について話合いがされた結果、右損害の発生について原告にも責任があることを原告が認め、原、被告間に、昭和四三年一二月一四日ころ被告から原告に対する原告の責任による損害賠償請求権をもつて原告の本件契約に基づく金八万円の債権とを相殺する旨の相殺契約が成立したことが認められ、右認定に反する原告の供述部分は前掲証拠にくらべてたやすく信用することができず、他の右認定を左右するに足りる証拠はない。なお、成立に争いがない甲第四号証によれば、被告会社代理人弁護士Tから原告に対し、昭和四四年三月二七日付通知書と題する書面が送付され、同書面には、同日時に未だ被告から原告に対し金三〇万七二七三円の請求債権が存することを前提とするような記載が存することが認められるけれども、〈証拠〉によれば、右書面は、被告から原告に対し、K著「おりがみ」第四、第五巻の原稿の引渡しを求め、もし原告が右求めに応じない場合には、被告において前認定の相殺契約を解除のうえ、更めて右損害金の請求をするとの趣旨のものであることが認められるところである。

以上のとおりであるから、本件契約の解除は、その原因を欠く無効のものというべきである。原告の右主張も理由がない。

三そうすると、本件契約が当初から効力を有しないこと及び解除によつて遡及的に効力を失つたことを前提とする原告の本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(高林克己 清永利亮 木原幹郎)

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